ハナ肇とクレイジー・キャッツ「無責任一代男」

先日、植木等さんが亡くなられた。
代表作“シャボン玉ホリデー”を
ハナ肇とクレイジー・キャッツが降板したのが
1972年の春。
僕はクレイジー・キャッツを
リアルタイムで経験できた最後の世代ではないかと思う。

そんなわけで
テレビで活躍するクレイジー・キャッツは知っていたものの、
彼らの歌を体系的に聴いたことはなかった。

そんな僕にクレイジー・キャッツの魅力を教えてくれたのが、
大滝詠一の“
ゴー!ゴー!ナイアガラ”というラジオ番組である。
この番組は「日本一の趣味シュミ男、
大滝詠一の趣味の音楽をかけまくる」というコンセプトのもとで、
プレスリーやバディ・ホリーというロックンロール・グレイトから
弘田三枝子、小林旭など多種多様なアーティストのレコードをかけまくっていた。

そのなかでクレイジー・キャッツの曲もよくかかっていたのである。
その影響で僕は、たちまちクレイジー・キャッツのマニアとなった。

が、当時クレイジー・キャッツのレコードを入手するのは困難で、
あったとしても廃盤屋さんでベラボーな高値がついていた。

そんな僕に朗報が続いたのは、僕が高校2年生の1982年。
『スーダラ節』をはじめとするシングル盤
5枚が
セットで再発売されたのである。
僕は大喜びで、さっそく買い込んできた。
「なんで、こんなモノ買ってきたの」と母はあきれ顔だったが、
僕はご満悦であった。

シングル5枚のうち、僕がいちばん熱心に聴いたのが
『ハイそれまでョ』と『無責任一代男』がカップリングされたものである。

『ハイそれまでョ』は、
「あなただけが生きがいなの お願いお願い 捨てないで」
とムード歌謡曲調にはじまったかと思いきや次の瞬間、
「テナコト云われてソノ気になって 三日とあけずにキャバレーへ
 金のなる木があるじゃなし 質屋通いは序の口で退職金まで前借し
 貢いだあげくがハイそれまでョ」
(作詞・青島幸男)とロカビリー調にかわる。

その転調の仕方が意表をつくもので、
そりゃあもう、一度聴いたら忘れられないインパクトがあった。

一方、『無責任一代男』はもはやパンクの領域だと思った。
この曲がリリースされたのは
1962年。
世はまさに高度経済成長の真っただ中。
勤勉が美徳とされていた時代に
「人生で大事な事はタイミングに
C調に無責任
 とかくこの世は無責任
 こつこつやる奴ァごくろうさん」
(作詞・青島幸男)と唄い飛ばすとは、
こりゃもうセックス・ピストルズの
『アナーキー・イン・ザ・
UK』も真っ青の世界である。

クレイジー・キャッツの一連の曲を作曲した
萩原哲晶さんが亡くなったのは、
1983113日。
僕がクレイジー・キャッツに
はまりまくっていた真っ最中のときだっただけに、
その訃報は実に悲しかった。

クレイジー・キャッツのリーダーだったハナ肇さんは、
その
10年後の1993910日に亡くなられた。
なべおさみ扮する映画監督のコントで
「安田ァ〜
!!」といつも怒鳴られる役が印象的だった
安田伸さんが亡くなられたのは
1996115日。
初期のメンバーだった石橋エータローさんも
1994622日に亡くなられている。

そして青島幸男さんが昨年1220日に亡くなられたと思ったら、
今回の植木等さん死去のニュースである。

以前も書いたが人は亡くなっても、作品は残る。
僕はクレイジー・キャッツの全作品を知っているというほどではないが、
それでも忘れられない作品が数多くありすぎるくらいにある。

ハナ肇とクレイジー・キャッツは素晴らしかった。
その素晴らしさを、少しでもリアルタイムで体験できた僕は幸せだと思う。


2007.03