越路吹雪「ろくでなし」

最近、ようやく観ることができたドラマに
フジテレビの“女の一代記”がある。
これは
2005年の11月に3夜連続で、
瀬戸内寂聴さん、越路吹雪さん、杉村春子さんの半生をとり上げ、
今年の
1月には向井千秋さんをとり上げたドラマシリーズである。

ずっと録画しっぱなしで観ることなく月日ばかりが過ぎ去ってしまっていたのだが、
先日一念発起し観たのだ。

瀬戸内寂聴さんを宮沢りえが、
越路吹雪さんを天海祐希が、
杉村春子さんを米倉涼子が、
向井千秋さんを菅野美穂がそれぞれ演じたのだが、
なかなか見ごたえのあるドラマであった。

主演女優以外にも、脇を固める役者たちも素晴らしく、
特に向井千秋さんの旦那さんである万起男さんを演じた石黒賢は、
そのそっくりな容貌といい実に最高であった。

僕が向井万起男さんに興味を抱いたのは、
1998年、向井千秋さんが日本人初となる2度目の宇宙飛行をされたときである。
スペースシャトル・ディスカバリー号の乗組員とその家族が通信をする当日、
赤いハッピ姿で現れた万起男さんを見て
「この人はなんて素晴らしいんだ
!!」と興味をもったのだ。

さっそく万起男さんの著書“君について行こう”と
“女房が宇宙を飛んだ”を読んだ。
とても楽しく、スラスラと読める本であった。

もともと万起男さんは慶應大学病院に勤務する医学博士である。
いってみれば文章に関してはプロではない。
その素人が、読者を飽きさせず一気に読ませるというのは、
並大抵の筆力ではムリである。

万起男さんの著書を読み進めるうちに僕は
「日本人初、女性宇宙飛行士の旦那」という肩書きではおさまらない、
万起男さんの豊かな才能と
文章の端々からにじみ出る万起男さんの素敵な人間味に魅了された。

万起男さんは現在、
朝日新聞紙上でメジャーリーグに関する連載をもっている。
これがまた面白い。
僕はそんなにメジャーリーグに詳しくもないし、
あまり興味もないのだが、ついつい万起男さんのコラムは読んでしまう。

向井万起男さん・・・なかなか目が話せない小粋な方である。

一方、「コーチャン」こと越路吹雪さんのドラマは、
宝塚の後輩でもある天海祐希の好演が特に印象に残った。

越路吹雪さんが亡くなられたのは僕が中学3年生のときである。
なので、生前の越路吹雪さんについては多少記憶がある。
しかし、まだ子どもだった僕はコーチャンの魅力など、
さっぱりわからなかった。
正直にいえば越路吹雪さん死去のニュースよりも、
同年
9月に亡くなった林家三平師匠死去のニュースのほうが
印象としてははるかに強い。

胃がんで倒れられた越路吹雪さんの最期のお言葉が
「法美さんにブラックコーヒーを」というエピソードは有名である。
法美さんとは越路吹雪さんの夫であった内藤法美さんのことで、
この夫婦の絆が、そして大スター・越路吹雪ではなく
妻・内藤美保子としての良妻ぶりが伝わってくる。

僕がこの話をはじめて聞いたのは、
いつのことだったか忘れてしまったが、
とても心に残るエピソードとしてずっと憶えている。
このエピソードは『女の一代記』のなかでも、
もちろん使われていた。

大人になってから、テレビやラジオから流れてくる
越路吹雪さんの代表曲の数々を聴いているうちに
『ろくでなし』がいちばん好きな曲となった。
10年以上前のある日、どうしてもこの曲が聴きたくて
衝動的にコーチャンの
CDを買ったことがある。

CDで聴いても、
まるで一幕のお芝居を観ているかのようなストーリー性が伝わってきた。
まさに希代のエンターティナーだったとあらためて思った次第である。

ドラマでも描かれていたが、
越路吹雪さんは大のあがり症で、
いつも開演前は緊張のあまり舞台袖で震えていたという。
しかし、一歩スポットライトの当たるステージに出ると
そんな素振りは微塵も見せず、常に大スター然としていた。

お客さまたちは大スター・越路吹雪の
夢のようなステージを楽しみに劇場へと足を運んでいるのである。
観客を裏切ってはいけない。

プロとしての姿を、僕はまたひとつこのドラマから学んだ。

観終わった後、早起きして観た甲斐があったなと大満足するとともに、
こんな素晴らしいドラマだったらもっと早く観ればよかったと思った。

この『女の一代記』シリーズは、
今後も作品がつくられるのかどうかわからないが、
ぜひ続けてほしいものである。
自分がこのドラマシリーズの制作者だったら、
次に誰をとり上げようかと想像してみるのも楽しそうだ。


2007.05