聖飢魔U「白い奇蹟」
一昨日、タレントの見栄晴について書いた。
そのあと夕刊を見ていたら、風邪薬の広告が掲載されていた。
キャッチコピーは
「私にまかせて下さい!と大見栄きったプレゼンがいよいよ明日にせまってるのに〜!」
というものであった。
僕はこの広告を見て、すぐさま違和感を覚えた。
書いていることは理解できる。
たしかに大事なプレゼンを前に風邪などひいてしまったら大変だ。
そんなときはこの広告にある風邪薬を飲んで早く治してね、
と伝えたいことはよくわかる。
それはそれでいい。
が、「大見栄」という言葉が気になったのだ。
この場合は「大見得」が正しいのではないだろうか?
1980年代、“ウソップランド”という深夜番組があった。
コントグループ・怪物ランドの3人と
後にコピーライターの糸井重里氏との交際が伝えられた
タレントの松本小雪が出演していたバラエティ番組である。
社会風刺を巧みにとり入れたコントは、
まさに「日本版モンティ・パイソン」といっても過言ではないほどクオリティの高いもので、
いまなおカルト的なファンの多い伝説の番組である。
この“ウソップランド”のなかで、
薬師丸ひろ子と三田佳子による映画“Wの悲劇”をモチーフとした
旅芸人のコントがあった。
赤星昇一郎扮する一座の看板役者がある夜、おねしょをしてしまう。
このおねしょが一座のみんなにバレてしまったら一大事と思った赤星は、
平光琢也演じる一座の見習い芸人、
タク子におねしょの罪をかぶってもらうことをお願いする。
その報酬として、郷田ほづみが扮したスター女優が演じる
森の石松役をタク子に代えてもらうことを約束する。
タク子は旅芸人としての一大チャンスと思い、赤星の提案を受け入れる。
約束どおり赤星は郷田おろしにかかり、稽古途中でこんな風に叫んだ。
「てやんでぇ、てやんでぇ、やってられねえや。
ほづみ姐さんは見得を切るのと見栄を張るのを勘違いなさってるんじゃあ、
ございやせんか?」
そして、芸人一座の座長に石松の役をタク子に代えてもらえないなら
役を下りると直訴した。
この赤星の突然の申し出に座長は拍子抜けするほどあっさりと
「私はどっちでもいいですよ」といい、タク子は森の石松役を手に入れた。
そうなのである。
張るのが「見栄」で、切る場合は「見得」なのである。
いまは新聞では「見え」というように表記されていることもあって、
この見栄と見得の違いはあいまいになっているのかも知れないが、
それにしてもこれはちょっとひどい間違いなんじゃないかなと思ったのだ。
この見栄と見得の違いを、
先日チラリと書いた僕の幻の名作(!?)“勝利へGO”でネタに使ったことがある。
1993年の8月のことだった。
F1でアラン・プロストとともにウィリアムズ・ルノーに乗っていたデーモン・ヒルは
7月に入ってフランス、イギリス、ドイツと3戦続けてトップを走っていたにもかかわらず
マシントラブルが起き、F1での初優勝を逃し続けていた。
「やきとりまえだ」で銘酒・熊うっちゃりを飲みながら、
そのことについて僕とファッションマッサージ嬢の桃子ちゃんが語っているというシーンで、
僕はこんな風に書いた。
当時の記憶をもとに再現してみよう。
☆☆☆☆☆
「どうして、デーモン・ヒルは勝てないんだろう」
「名前が悪いのよ。だってデーモンでしょ? デーモン・ヒルで悪魔の丘。
ヒルに音引きを入れたらデーモン・ヒールで悪魔の悪役よ。
こんな名前じゃ、次のハンガリーでも勝てっこないわね」
「じゃあ、次のハンガリーで桃子ちゃんは誰が勝つと思ってんのよ」
「シューマッハね」
「へっ? シューマッハ??」
「そうよ、シューマッハ」
「なんで?」
「タカハシくん、シューマッハの名前をご覧なさいよ」といって桃子ちゃんは東京中日スポーツのF1面を広げた。「名前がいいのよ、シューマッハは」
僕は桃子ちゃんがいったいなにをいいたいのがさっばりわからぬまま
手羽先を齧りながら熊うっちゃりをひと口飲み、桃子ちゃんの言葉の続きを待った。
「ミハエルという文字を入れ替えれば、ミエハルでしょ。
さらにシューマッハを日本語に当ててみると‘週末は’になるじゃない。
続けて読めば、見栄張る週末は。この週末はシューマッハの大見栄が見られるわよ」
日本語が間違ってる、と僕は心のなかで叫んだ。
しかも英語のスペルも違う。
僕は隣でケタケタ笑いながら美味しそうにウーロンハイを飲んでいる桃子ちゃんに、
よほど反論してやろうかと思ったが、
その言葉をゴクリと熊うっちゃりとともに飲み込んだ。
いいだろう、桃子ちゃん。
でもこれだけはいっておく。悪魔の復讐は怖いんだぞ。
☆☆☆☆☆
結局、次のハンガリーGPで優勝したのはDemon HillならぬDamon Hillだった。
桃子ちゃんが推したシューマッハはリタイヤ。
ハンガリーGPの舞台、スパ・フランコルシャン・サーキットの大観衆の前で
大見得とはいかなかった。
この前の年、デーモン・ヒルが所属していた
ブラバムチームのスポンサーに名を連ねていた日本のロックバンドがある。
あのデーモン小暮閣下率いる聖飢魔IIである。
理由は、もちろんデーモンつながりだから。
僕はナニを隠そう聖飢魔IIはデビュー前から知っている。
僕の先輩のバンドが出場した学生バンドのコンテストに以前、
聖飢魔IIも出場していたことからゲストで出演し、
僕は聖飢魔IIを知ったのである。
はじめて見た聖飢魔IIは、デーモン小暮のMCこそ面白かったものの、
その演奏っぷりはキワモノにしか見えなかった。
この直後に聖飢魔IIはメジャーデビュー
(聖飢魔II的にいえば「地球デビュー」)を果たしたのだが、
僕はすぐに消えると思っていた。
まさか後にあれほどの人気を集めるとは思わなかった。
ましてや1989年、『白い奇蹟』という歌を引っさげて
紅白歌合戦にヘビメタ系バンドとして初の出演を果たすなどとは、
きっとお釈迦様でも気がつかなかったのではないだろうか?
聖飢魔IIがデーモン・ヒルのチームスポンサーになっていた1992年の秋、
僕はある親戚のおじさんに久しぶりに会った。
このおじさんは父とたしか同い年だったと思う。
若いころに独立して事業をはじめ、このころには安定した成功を収めていた。
僕の親戚連中のなかでは珍しく気品のあるおじさんで、
僕は子どものころから大好きだった。
大人になってからはなかなか会う機会もなかったため、
このときはじめて一緒にお酒を飲んだ。
おじさんはウイスキーのお湯割りを飲みながら、
静かにこういった。
「なあ、カツトシ。見栄だけは張るな。
見栄を張ることぐらいかっこ悪いことはないぞ」
それからしばらくして、このおじさんは脳に障害をもってしまった。
虫歯から脳にばい菌が入ってしまったことが原因で、
話すこともままならなくなったのである。
このおじさんと唯一飲みながら過ごした数時間は、
そしておじさんが話してくれたこの言葉は、
僕にとって大切な人生の宝物のひとつである。
「見栄は張るな」
シンプルだが、とても力強い言葉だと思う。